2009年【抜粋/修正版】

[25-11-2009] 5 days in SF

今日がサンフランシスコ滞在最後の日、明日の便で日本に帰る。

滞在中は、作家でKala art Instituteのスタッフでもある服部さん濱中さんご夫妻にとてもご親切にしていただいて、オークランド周辺の制作の現場を垣間見ることができた。Kalaはハインツのケチャップ工場を改築したスタジオと、少し離れた場所にあるギャラリーを保有するアートセンターで、レジデンシープログラムやフェローシップの公募等も行っている。西側の窓から差し込む光が、とてもきれいな場所だった。

写真家の兼子裕代さんにも同じ日にミッション16丁目駅で再開、今日は兼子さんのご紹介でRayko Photo Centerという写真センターを訪問。
Raykoはひとつの倉庫を丸々ギャラリーと暗室、ビューイングルームに作り替えた巨大な空間で、中判から8×10までの引き伸ばし機が多数並び、40×50インチのタイプCプリントも一時間14ドルの貸し暗室で制作することができる。ティンタイプを使う作家で半年前からダゲレオタイプも始めたというMichaelさんとひとしきり話す。

 

[21-11-2009] SF

昨日の夜、サンフランシスコ着。仕事の撮影は順調に終了、空港の手荷物預かりで行方不明になっていた三脚も見つかった(アメリカ中を二日間、ぐるぐる回っていたらしい)。

西の空に細い三日月がかかっていて、その下に真珠のベッドのような街区が広がっている。飛行機が着陸する瞬間、丘の向こうに緑色の火球が落ちるのがみえた。
ホテルに荷物を置き、とりあえず近くのタイ料理屋へ。とても空腹だったので麺と春巻き、それにカレーを注文。ダシ文化に飢えていたのでしみじみうまい。
滞在中はSFMOMA、Kala Art Institute、そのほかのギャラリーや写真センターを見て回る予定。とても楽しみです。

 

[20-11-2009] 荒れ野

セドナから荒れ野を200マイルほど走り、ホホバ・プランテーションへ。
古生代の山脈に囲まれた砂漠の中央部で、わずかな灌木と、祈る人の形をしたサボテンのほか、ここにはなにもない。完全な静寂、無限の深度をもった空。

 

[17-11-2009] Sedona, Arizona

シカゴ経由、サウスウェスト航空でフェニックスへ。
飛行機から見下ろすと、赤茶けた荒れ野に整然と区画が敷かれていて、キラキラした無数の家並みが、まばらに、そしてどこまでもつづいている。地平線の向こうまでつづくばかでかいフリーウェイの上を、たくさんのトレーラーが、ゆっくりと、蟻のように這いすすんでいく。火星のコロニーみたいだ。スタニスワフ・レムの小説を思いだす。
フェニックスに一泊してから、北へ3時間ほど走り、お昼ごろセドナ着。
今回の旅は、長いことお世話になっている化粧品会社の依頼を受けアリゾナ一帯を撮影することが目的だ。滞在は4日間、その間にセドナ周辺、プランテーションなどを廻って、週末にサンフランシスコに抜ける予定。
ここは空気が薄く、太陽が黒い。

 

[16-11-2009] 別れ

フィラデルフィアでの展覧会が無事開き、金曜日のアーティストトークを終えて、気がつくともう出発の日を迎えていた。

昨日までの雨はきれいに上がり、うす水色の空にパラフィン紙にような巻雲が幾筋か浮かんでいる。早朝、Mの運転する車でハイウェイを走っていると、抑えがたくセンチメンタルな気分がわき起こってきてどうしようもなくなる。
春のフィラデルフィアにはじまって、日高山脈での山籠り、ブリ、そしてふたたびフィラデルフィアへ。今年は旅の多い一年だった、まるで写真のお遍路みたいだった。

Project Bashoの周辺ではほんとうに数多くの素晴らしい人たちに出会った。何よりもフィラデルフィア滞在の機会と縁をもたらしてくれた伊藤剛君に心から感謝します。

 

[05-11-2009] フィラデルフィア、3日目

2日月曜に、シカゴ経由でフィラデルフィアに到着。
Project Bashoの伊藤剛君のスタジオにお世話になり、いま今週末のワークショップと翌週からの個展に向けて準備をしています。天気はこのところ快晴、今日はベッケレル現像のテスト、DIルームではアシスタントのタイラー君が展示用の大判インクジェットプリントを出力中。

今度のワークショップは二日半の日程なので、比較的取り組みやすいベッケレル現像と、水銀と臭素を使うマルチコート・ダゲレオタイプ両方をレクチャーする予定。
いまのところワークショップの申し込みは6人、コロラド、DCあたりからもわざわざ参加する方がいるらしいので、それぞれ最低1枚は満足のいくダゲレオタイプを持ち帰ってもらえるようにしたい。

ベッケレル現像ダゲレオタイプは、深いブルーで薄もやがかかったような印象の画像に仕上がる。去年から水銀現像だけに取り組んできたので、久しぶりに見ると、ベッケレルの夢見るような映像も悪くないなと思う。

 

[01-11-2009] Solo Exhibition: “Flawless Lakes”

Takashi Arai’s first US show, “Flawless Lakes” features 20 daguerreotypes plus large scale color prints. These peaceful images were taken in Hokaido in the northern part of Japan. The opening reception for “Flawless Lakes” is November 12 at 7:00pm.

Takashi Arai’s visit to the US will coincide with the Daguerreian Society’s Annual Conference which will be held in Philadelphia this year. In conjunction with this event, Arai will be teaching a workshop on creating daguerreotypes at our studio November 7 and 8. We will also be hosting a panel discussion with Takashi Arai and other contemporary practitioners on Friday, November 13.
*Check further information here: https://www.projectbasho.org/gallery/

 

[01-11-2009] Philadelphia

明日2日より、フィラデルフィアProject Bashoにて個展とダゲレオタイプ・ワークショップを担当するため渡米します。後半はアリゾナで仕事、サンフランシスコを経由して月末に帰国する予定です。

 

[27-10-2009] 空

今日は空気が透きとおっていて風がつよい。
ターコイズブルーからスミレ色にうつろう暮れどき、行ったこともない北方の街々のことを考える。想像力の透明さは空の透明さに呼応している。

 

[25-10-2009] New Documents

A photograph is a secret about a secret. The more it tells you the less you know.
(写真とは秘密にまつわる秘密のことだ。写真が多くを語るほど、それによって知りうることは少なくなる。)
── Diane Arbus ダイアン・アーバス

 

[19-10-2009] フィラデルフィアでのワークショップ

11月6日から8日の三日間、フィラデルフィアの写真センターProject Bashoにて、現代ダゲレオタイプのワークショップを開きます。基礎的な道具の制作方法、銀板の研磨法などをアドバイスしながら、水銀を使用しないベクレル現像法に加え、改良型のマルチコート・ダゲレオタイプの制作術を直接手ほどきする初の試みです。 遠方ではありますが、もしアメリカにお住まいの方でご興味のある方がいらっしゃいましたら、ぜひご案内ください。

 

[17-10-2009] Microscope Slides

1830年代から1890年代=ヴィクトリア時代に、観賞用Microscope Slides(顕微鏡スライド)というものが作られていたらしい。
顕微鏡のスライドグラスに、化石や昆虫、植物などの細片、珪藻を万華鏡のように並べた「絵」などををバルサムで封入して、顕微鏡で鑑賞するというもの。1853年以降は、J.B.Dancerという人物によって顕微鏡ごしに鑑賞する写真・Microphoto(超縮小版ポジ)が考案され、人々に飽きられるまでの数十年間、販売されていた。

写真は世界をミニュアチュール化する手段だが、その縮小の度合いが眼の解像度を超えたとき、見る欲望はいっそう激しくかきたてられるだろう(もちろんそれは、即物的であるがゆえに抽象化されたキャプションや、スライドグラス上の円、そこにイメージが隠されている、ということを主張する明け透けな空白によって)。ひとつのテクノロジー=写真によって肉体の限界を飛び越え、それをもうひとつのテクノロジー=顕微鏡で呼び戻す行為には、どこか倒錯した快楽が漂っている。

17世紀後半に顕微鏡の解像度がある程度以上になると(レーウェンフックの顕微鏡)、人々は眼の解像度をはるかに超えた世界に生物が存在し、ある規則性と類似性(細部は全体を反復する)があることを認め驚愕した。たぶん、それまで唯一絶対の基準だった身体のスケールが、底知れない階層をもつ細部の存在、しかも私たちと関係なく存在するかのように見えるそれらの存在によって宙づりにされてしまったことに、大きな不安と畏れを抱いたはずだ。

そして、超ミニアチュール写真を顕微鏡で拡大して見る、という「行ったり来たり」の遊びは、テクノロジーによって意図的なスケールエラーを起こすことで、その不安を陳腐化し克服しようとすることなのかも知れない。

 

[14-10-2009] Making of daguerreotype

今日はダゲレオタイプの制作風景をヴィデオに収録する。
残念ながら感光化処理が上手くいかず像は写らなかったが、つづきは来週また改めてということにして、近所の店でワインを買い込みスタジオ裏手の海辺で早々に飲みはじめる。
思ったよりも気温が下がって来ている。しばらくぶりの友人からの電話。空気に混じるキンモクセイのにおい。

 

[17-08-2009] Lights

鳩山郁子さんという方の漫画『ダゲレオタイピスト―銀板写真師』が届く。
おもしろい!プロセスの描写がかなり正確で、「ポストモーテムフォト(死後写真)」、「湖」がモティーフになっている。どんな方かチャンスがあればお会いしてみたいものだ。

先週末から三日間、京都造形大写真学科の集中講義がつづく。クラスはスタジオライティングの初歩、スタジオワークを人に教えるのは初めてだが自分もとても勉強させてもらっている。スタジオワークは、結局のところいかに多くの「光」を組み立ててきたか、という経験値と、料理と同じように、原因と結果を事前に思考するセンスのよさ、段取りのよさが求められる。単なるセットの組み方、つまり完成した料理の盛りつけをみても意味はほとんどない(市販のマニュアル本が使い物にならないのはそのため)。そこで、撮影意図を明確にしてそこからぶれないということ、そして1灯のポジションを決めて順番にセット組みたてる、常に一定のメソッドを、くり返し練習することにした。残り一日、参加した人の世界の「光」の見え方を少しでも変えることができたら、成功といえるかも知れない。

 

[13-07-2009] 無題

昨日はAIMYの以来の友、藤井雷の個展オープニング。川島秀明さんや美術館の人々も集まる。
最寄り駅からの帰り道、酔っぱらっていたいため夜道で何かに躓き自転車から転落してしまった。前のめりに顔から着地したおかげで前歯3本が欠けてしまう。

 

[10-07-2009] テンプル大東京キャンパス

昨日は、午後からテンプル大学東京校にてダゲレオタイプのデモンストレーションと講義。
駐車場に暗室テントを張って準備し、古い工場の前でみんなでダゲレオタイプ集合写真を撮る。参加してくれた学生たちはみんな自然体でよかった(途中までいたICUの感じに似ていたけどあの学校ともちょっと違う)、僕自身も楽しませてもらった。

 

[04-07-2009] By the sea

海岸通りのスタジオに通って、少しずつ施工を進める日々。

今日は暗室の窓を、取り外し可能な方法で遮光する作業に取りかかる。薄いベニヤを二枚蝶番でつなぎ、ベルクロと小さな金具で固定することにする。コンクリートの窓枠に、そのままでは施工が大変なので内側に新たに木枠を作って固定する。改修作業はひとつの場所を自分の身体と同化させるための儀式というか、寸法直しのような仕事なので、どうしても時間がかかってしまう。
この数年、いつも居場所を変えている気がする。

 

[22-06-2009] foggy mirror / flawless mirror

「湖」のダゲレオタイプ制作の旅から戻る。
湖面を隠す濃霧と銀板に現れる原因不明の曇り、2つの曇った鏡との闘いでしたが、また一歩、完全な鏡に近づくことができました。

 

[25-04-2009] リレー講義、群馬県立女子大

火曜日、「ヴィジュアルアメリカ」のレクチャーを受け持つため、薄暮の関越を抜けて高崎へ。

時折、強い雨のカーテンがフロントガラスを水浸しにして通り過ぎて行く(Miles DavisのIn a Silent Way、あまりにもハイになりすぎて危ない)。MacBookがプロジェクタにうまくつながらなくて悪戦苦闘の後、すり鉢状の大教室に入ると、大勢の学生たちに混ざって一般の方も何人か聴講に来られていた。
終わってから、日高さん、木下さんと遅い夕飯を食べながらいろいろお話しする。

その夜は単身赴任中の父のアパートに泊めてもらい、翌朝から赤城山、榛名山周辺の湖を見て回る(そして、歩き回って分かったことは、湖は十分に小さくなければいけない、ということだ)。榛名神社で、特別な石と滝を見る。
帰路、埼玉の祖父母の家をたずね、フィラデルフィアの報告などをする、二人ともとても元気そう。その日に作ったというこんにゃくと筍をもらう。

 

[11-03-2009] Chester County Historical Society

フィラデルフィア滞在9日目。
今日はツヨシ君とインターンのRobbinと一緒に郊外にあるChester County Historical Societyを訪問。ここには貴重なアメリカン・ダゲレオタイプが約400点、アンブロタイプは8000点もコレクションされていて、その中から特に素晴らしいダゲレオタイプを10点あまり見せていただいた。

 

[21-02-2009] Harsh spring

旅券が新しくなる。
VOID、を遺して。新しい顔の到来とともに、ひとつの季節が終わる。生暖かい雨の中で顔が語り始める。見知らぬ顔があった、かつて、いつかそこに。疵をひらく細胞たちを両腕に抱いて持ち堪えていられる、立っていることができる。友人たちのやさしさに頼って、いまは、闇の中の水仙、遅い二月に。

 

[10-02-2009] TIME LIFE BOOKS

夏に某校でスタジオ・ライティングの集中講義を担当することになりそう。

いろいろ手元の本をめくってアイディアが出てくるのを待つ。今の無機質で扁平な広告写真よりも70年代の力強くシンプルなライティングが好きなので、ものすごく久しぶりに『ライフ写真講座』(TIME LIFE BOOKS)を手に取った。
『ライフ写真講座』は僕が生まれる前に出版されたライフの豪華版叢書で、祖父が集めていたものだ。古い本だが、しばしば絵画史や写真黎明期の事物を参照しながらかなり詳細な写真技術にまで踏み込んでいて、最近の薄っぺらい技術書など一発で吹き飛んでしまうような、分厚い内容になっている。
『ライトとフィルム』の巻を読んでいると、索引ページの間から祖父の名刺が一枚ぱたりと落ちてきた。日航の整備工場で、工場長を務めていた頃のものだ。1ミリも驕りのない立派なエンジニアだった、酒が一緒に飲めるくらいまで、もうすこし生きていてほしかった。

 

[06-02-2009]  ピンホール

お茶の水女子大のWSなどを挟んで、雑誌撮影、広告のスティルライフ、そのほかさまざまな仕事で予定が埋まる日々。その合間にダゲレオタイプの改良策をあれこれ練ったり、道具の設計図を引いたりして過ごす。ひとまず、黄金町で作った沃素・臭素箱と水銀現像器は悪くない性能だと判った。あとは銀メッキ銅板の表面の状態をどれだけ改善できるかが当面の課題だ(ダゲレオを始めた当初から解決しない課題でもある)。

19世紀当時、分厚いメッキ層を作れるような電気鍍金技術はまだなく、ダゲレオタイプ・プレートは、銅塊と銀塊を貼り合わせて熱しながら繰り返し圧延していく方法で製造されていた。原始的に思える方法だが、この方法だと、今僕が直面しているスアナ(微細な電気メッキの「穴」)の問題はたぶん起きにくい。しかし調べても似たような方法でメッキをしている業者は全く見つからない、どうやら失われた技術なのかもしれない。

 

[05-02-2009] お茶の水女子大、ダゲレオタイプ実演

4日水曜、集中講義をつとめる小林美香さんに呼んでいただいて、お茶の水女子大でダゲレオタイプの実演をしてきた。

当日朝に出来上がってきた、オリジナル設計の折りたたみ式暗室テントを携え(ひたすらデカイ、要改良)、昼ごろに茗荷谷へ。大学の校舎は古い建築を改修して、とても綺麗に使われている。
まず簡単にダゲレオタイプについてお話をしてから、枝垂れ桜の古木が一本聳える中庭に暗室テントを広げる。桜の木のまわりに並んで1分間止まる。少し露光をかけすぎたようでわずかにソラリゼーションが発生したが、なかなか良く写った。美大や今迄訪れた大学とは学生の感じがかなり違っていた、それでもとても熱心に参加してくれたのが嬉しかった。

今年は4月に群馬県立女子大でもリレー講義と、3月はフィラデルフィア市内の美大でワークショップがある。

 

[01-02-2009]

旧ソビエト、ミンプリボル・ソユーズオルグテクニカ製乾板カメラを買う。

乾板ホルダーには銀板がそのままセットできるので、8×10のダゲレオタイプ制作に使うことができる。
円形絞りの巨大なバレルレンズは明るくてとてもきれいな像を投影する。ピントグラスに写る、上下左右が逆さまのサイレントムービーみたいな風景に、しばらく見いってしまう。

今日は空が冷えていて風がとてもつよい。モスクワに赴任している友人のことを考える。

 

[07-01-2009]

仕事初め

昨日は午前中からKN君、HRDさんが来訪、それぞれのダゲレオタイプを注文していただいた。
朝のうちに磨いたプレートに沃素と臭素をあて、車を飛ばして砧公園へ。ふかふかした落ち葉を踏み込みながら歩き、雑木林の、なだらかなスロープになったあたりに落ち着き、カメラを立てる。白々した昼下がりの光り、針金細工のような樹々のあいだで空気がとても乾いている。
出来上がったダゲレオタイプをシールして特製の桐箱に納めるまで、結局一日がかりの仕事になってしまう、それでも、かけがえのない時間の流れを全員で見送ったような、静かな気持ちが芽生えてくる。
気づくと夜になっていて皆お昼も食べていなかったので、近所のちゃんこ屋へ。

 

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