Diary

二つの「日誌」と「作業」について

今朝、ふたつの「日誌」が届いた。丸木美術館学芸員・岡村幸宣さん『未来へ 原爆の図丸木美術館学芸員 作業日誌2011-2016』(新宿書房、2020年)そして東京新聞記者・片山夏子さん『ふくしま原発作業員日誌 一エフの真実、9年間の記録』(朝日新聞出版、2020年)で、前者は岡村さんからご恵贈いただいたもの。 いずれも東日本大震災後のオーラルヒストリーなのだけれど、前者が岡村さん本人の日々を綴ったモノローグで

千人針

パンデミックの影響で、4月以降の展覧会や講演がすべて延期かキャンセルになってしまった。「自粛」のため親しい友だちにも会えない暮らしはさみしいが(それにしてもなぜ「自粛」なのか?自粛はふつう、なにか罪滅ぼしのための行為ではないのか)、自分が隠者のような生活に少しづつ順化していることを感じる。 いま、唯一残った横浜トリエンナーレのための作品を作っている。戦時中の千人針を主題にしたダゲレオタイプ・シリーズ、そして映像の二つの柱で、他者の苦しみの記憶への、それぞれモニュメンタルなアプローチ、非モニュメンタルなアプローチが拮抗する展示空間になるだろう。 ダゲレオタイプは神保町の戦争ものの古物を扱う店で仕入れた千人針を、一針ずつ、1000枚の小さな銀板に直接撮影している。なぜわざわざそんな苦労を、と自問しながらも、玉結びを四倍のマクロレンズで覗き込むとファインダー越しの視界に圧倒される。きつく結ばれた握りこぶしのような結び目、いまにも抜けてしまいそうな頼りないもの、何重にも絡まって奇天烈なこぶのようなもの──千人の女たち(もっとも寅年生まれの人は年齢の数だけ縫えたそうなので、実際の人数はわからない)生々しい息づかいと個別性に、膨大で単調な作業であっても飽きることはない。

なんだか顔がヒリヒリするので鏡を見たら、額から頬にかけて軽い炎症がひろがって所々皮膚が剥けている。はじめダゲレオタイプの薬品のせいかと思ったが、どうやら原因はフラッシュ・ライトの閃光だったらしい。千人針の縫い目ひとつを四倍のマクロレンズで撮影しているので、ただでさえ感度の低いダゲレオタイプに露出倍数がかかり至近距離から1キロワットの照明を何発も焚く必要がある。自然とカメラのそばに顔を近づける格好になるので、顔の上半分がフラッシュ・ライトで火傷しまったらしい。念のため視野の外側やカメラをアルミフォイルでガードしているのだが、昨日は焦げ臭いと思ったらフォイルをとめていたテープから小さな炎が上がっていた。きれいな青い火で現実味がなく

広島での撮影終了

千人針のための映像作品、広島での撮影が無事終了しました。炎天下出演やご協力、取材いただいた皆様、そしてほとんどすべてのご縁を運んでくださった演劇家の土屋時子さん、たいへんありがとうございました。 2回目となるサウンド・エンジニア山﨑巌さんと映像作家・中川周さんとの協働は学ぶことが多し。そして『オシラ鏡』主演の高山君が、今回は助監督として活躍してくれました。 ・土屋時子さんの本『ヒロシマの『河』 〔劇作家・土屋清の青春群像劇〕』(藤原書店、2019) ・朝日新聞広島版『「千人針」テーマ 被服支廠で撮影 新井卓さん』 ・中国新聞『被服支廠戦時の記憶 映像監督新井さんが撮影』 ・毎日新聞『支局長からの手紙 場所の持つ力/広島』

千人針の五銭硬貨 / 5 sen coin sewed on a Sen-nin Bari (bellyband with 1000 stitches)

千人針に縫い付けられた5銭硬貨、「死線(シセン)をこえる」の意。このほか兵士を守るとされる女性の陰毛を縫い込んだ千人針や、戦場で渇きに苦しんだとき口に含んでその場を凌ぐため、梅酢に漬け込まれた千人針のオーラル・ヒストリーがある。 おおむね日露戦争くらいまで記録をさかのぼることのできる千人針習俗は、初期においては当局から非難される秘められた営みだったのが(千人針の祈りは最初期には徴兵忌避、その後「無事に帰還すること」に変容した。太平洋戦争後期の総力戦体制下ではひるがえって、〈銃後〉の結束を高めるため国家が推奨する活動となり、国防婦人会などを通して大量生産されるようになる。 ミクロ・レベルのナラティヴ/小さな祈り・善意/極小のマイクロモニュメントと、マクロ・レベルのナラティヴ/倫理規範/大規模モニュメントはいつでも対置されるわけではなく、連続するグラデーションの中に分かちがたく点在する。

横正機業場訪問@新潟県五泉市

千人針の映像の最後の撮影のためサウンド・エンジニアの山﨑さんと新潟県は五泉市、横正機業場を訪問しました。 明治33年(1900年)からつづく伝統を守り、現在は5代目になる横野さん兄弟が経営する絹織物工場。鉄と木で作られた機械が立てる

8月6日と本日8月9日、原爆の図丸木美術館のヴィデオレターが公開されました。 この2本は映像詩『オシラ鏡』のスタッフを中心に結成した映像集団「ハヤチネ芸術舎」による初の委嘱制作作品です。 今月後半から年末にかけて、丸木美術館のバーチャルツアー映像(といっても体裁は半フィクションの短編映画)を同じチームで制作します。 クラウド・ファウンディング・サイト「Global

『現代詩手帖』連載終了

2017年から3年間続いた『現代詩手帖』表紙とエッセイの連載が終了しました。2020年1月号から、表紙は画家の中上清さんへリレーとなったようで嬉しい。中上さんは、2006年に横浜美術館で川島秀明さん、藤井健司さんと一緒に滞在制作した折に出会い、美術の世界で右も左も分からず不安で一杯の時から、変わらず叱咤激励してくださった心の師の一人。 月に一度書くという初めての仕事は、思ったより何倍も難しかったが、自由気ままに試行錯誤できたのは、編集長の藤井一乃さんの懐の深さによるところに他ならず、本当にありがたい機会をいただいたと思う。涼やかなデザインの中に拙作を大事に融合してくださった清岡秀哉さんにも感謝。 2000文字足らずの連載に四苦八苦しながら、時折二十代を振り返りつつ書く時間は、いままで自分がどれほど多くのことを置き去りにしてきたか、直視する過程でもあった。これほど拡散してしまった自己の砕片を一つにかき集める手立てはあるのだろうか。答えの見つからないまま、まもなく、新しい一年が訪れる。

環世界

環世界のこの貧弱さはまさに行動の確実さの前提であり、確実さは豊かさより重要なのである。ユクスキュル/クリサート著『生物から見た世界』(序章 環境と環世界)、日高敏隆・羽田節子訳、岩波書店、2017年. 今年十月、台南でひらかれた東アジア環境史学会で、藤原辰史さん、石井美保さん、篠原雅武さんの研究グループ(Anima Philosophica)に加えていただき、私もつたない発表を行った(*)。石井さんの嘆息するような美しい発表で「環世界(Umwelt)」という言葉をはじめて知り、帰国してすぐ岩波文庫の『生物から見た世界』を手にとった。 ゾウリムシからコクマルガラス、人間まで、それぞれの生きものはそれぞれの知覚に閉ざされた(またはそれぞれの知覚によって主体的に構築された)世界に生きており、ユクスキュルはその概念を環世界(Umwelt)と名付ける。 十二、三歳のころ、夢中で読んだ本がある。動物行動学者・日高敏隆とジャズ・プレイヤー・坂田明の対談が

一昨日、12月26日、バンカートスクール「〈見る〉ことをあきらめないための写真と言葉」全8回の講座が終了。参加メンバーそれぞれの写真(または映像)と言葉を交換しながら、写真史の断片の紹介、ベンヤミン、バルト、ソンタグなどのテキストを精読することを中心に初めてのプログラムを試みた。参加者全員がもつ眼の違い、それぞれの言葉のおもしろさに目を瞠かれ、トヨダヒトシさんにスライドショーを披露していただく夢のような回(12月2日)もあり、教えるというよりも自分自身が悩み学ぶ講座になった。 二人組になって一枚の写真を交換し、お互いの作品に言葉を添える実験は特に好評で、機会があればまたやってみたい。わたしのユリの作品には、高校一年生の受講生・守田有里さんが言葉を与えてくれた(画像)。「写真と言葉」というとき、その関係性は必ずしも作者という個人に閉ざされているわけではなく、他者への思いもよらない「ひらかれ」への広大な可能性が含まれていることに、改めて気づかされた。その気づきの感覚に、つづけていくための光が差し込む。