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2021年8月27日19:00- オンライン対談:グレッグ・ドボルザーク&新井卓「コンクリート、フェンス、モニュメント── わたしたちが浜辺に遺したもの」

【オンライン対談】グレッグ・ドボルザーク&新井卓「コンクリート、フェンス、モニュメント── わたしたちが浜辺に遺したもの」 日時:2021年8月27日(金)よる7時 開始 (8時半終了予定) アクセス: https://youtu.be/YEUKpeCgzwA 言語: 主に日本語 〈千の葉芸術祭/CHIBA FOTO関連トーク〉 東日本大震災から10年、早期復興の名のもと東日本沿岸の風景は大きく変容しました。未曾有の大規模災害からふたたび危機の時代へ──10年のあいだ、わたしたちは何をなし、またなしえなかったのか。日本列島の海岸線に刻まれたヒトの営みから過去/現在/未来について考える極私的対談です。

釜石から陸前、石巻、名取から相馬へ。十年前の光景を鮮明に覚えているのに、眼前の風景はまるで見知らぬ場所のようだ。相馬まで旅を続けて集中の限界を感じ、南相馬から川俣を抜けていったん東北道で帰ることにした。まだ陽が高かったので、途中飯舘村でヤマユリをさがす。 震災後最初の夏、飯舘村長泥でこの花に出会ってから毎年のようにヤマユリを撮影してきた。 ヤマユリは不思議な花だ。花粉の運び屋はアゲハチョウで、あの豪奢な羽に花粉がしっかりと残るよう様々な工夫をしているらしい。そしてヤマユリはアゲハチョウだけでなく、ヒトの方に顔を向けているような気がしてならない。 アマユリは下草の刈られた日当たりのいい斜面を好むので、よく道路の法面や人の手の入った里山の樹間に大輪の花を咲かせている。かつて飯舘にたくさん自生していたヤマユリは年々減少している(きちんと調査した訳ではないが)。人口が大きく減った飯館村では道路端の荒れ具合が目立ち、山あいの家はすっかり草生して背後の山森に飲み込まれつつある。ヤマユリは、ヒトの世界に隣接した自然があってはじめて繁栄する種なのだろうか。 かつてヤマユリを見かけた場所をしらみつぶしに車で巡る。遠くからでもよく目立つその花の白さが、しかし、視界の端にうつることはなかった。天候が崩れはじめ半ばあきらめかけたころ、綿津見神社の裏手の資材置き場に一輪、まだ蕾のヤマユリが青白く立ち上がっているのが見えた。下部が大きく脹らんでやや反り返ったその蕾は、どこか鯨の姿に似ていると思った。 宿根草であるこの花が来年も帰ってくることを念じつつ花茎を切り、車の助手席に水を満たしたペットボトルとシートベルトを当てがって連れ帰る。

撮影ノート

撮影ノート 尻屋崎から大槌までの六月の旅を引き継いで、釜石から沿岸を南下して名取へ。 ソーダガラスのような東北の自然に、突如として原発や核燃施設や基地が挿入される。その唐突さは、それぞれの立地が天然資源や地層の安定といった地学的必然性と関係のない、政治的あるいは軍事的必然性によって選ばれたことから生じる。カネと権力によって造形された産業がそれらの場所を規定するのだとすれば、一方で、南北500キロにわたって海岸線を遮へいする防潮堤は、一見すると自然の驚異という必然性に規定され、カネと権力がほしいままに行使された場所である。 東日本の浜辺は消失した。砂礫の供給が止まり、

ひどい時代が過ぎるのを待ってはいけない/それは川岸で水が引くのを待つのとおなじだ/川は永遠に流れつづける (トーマス・ハイゼ監督『ハイゼ家 百年/Heimat ist ein Raum aus Zeit』作中の詩) シアター・イメージフォーラムにて『ハイゼ家 百年/Heimat ist ein Raum aus Zeit』(2019)。 人間は時代のゴーストから決して自由でないということ、そのゴーストは転々と姿を変えながら今もわたしたちの頭上にたなびいているのだ、ということを強烈に思い知る。シンプルな風景と歴史の耐えがたい見えづらさ。3時間半の旅を経てついにわたしたちの時空に投げ出される。ラストのカメラ・ワークの怖さ。