Quotes

But art is never an end in itself; it is only a tool for blazing life lines, in other words, all of those real becomings that are not produced only in art, and all of those active escapes that do not consist in fleeing into art, taking refuge in art, and all of those positive deterritorializations that never retettitoriazlie on art, but instead sweep it away with them toward the …

環世界

環世界のこの貧弱さはまさに行動の確実さの前提であり、確実さは豊かさより重要なのである。ユクスキュル/クリサート著『生物から見た世界』(序章 環境と環世界)、日高敏隆・羽田節子訳、岩波書店、2017年. 今年十月、台南でひらかれた東アジア環境史学会で、藤原辰史さん、石井美保さん、篠原雅武さんの研究グループ(Anima Philosophica)に加えていただき、私もつたない発表を行った(*)。石井さんの嘆息するような美しい発表で「環世界(Umwelt)」という言葉をはじめて知り、帰国してすぐ岩波文庫の『生物から見た世界』を手にとった。 ゾウリムシからコクマルガラス、人間まで、それぞれの生きものはそれぞれの知覚に閉ざされた(またはそれぞれの知覚によって主体的に構築された)世界に生きており、ユクスキュルはその概念を環世界(Umwelt)と名付ける。 十二、三歳のころ、夢中で読んだ本がある。動物行動学者・日高敏隆とジャズ・プレイヤー・坂田明の対談が

9月21日土曜日、PGIにて映像詩『オシラ鏡』上映回と「IMAGO/イマーゴー」展で展示中のシリーズ「明日の歴史」でポートレイトのモデルになってくれたティーンエイジャー(当時)6人とのトークがあった。映画監督のYさんほか30名弱の来場あり、嬉しくも、やや緊張する。 若者たちは広島からオシラ鏡にも出演してくれた三人と、

── 感覚の新しい時代が始まったのです。・・・チェルノブイリは、私たちをひとつの時代から別の時代へと移してしまったのです。私たちの前にあるのはだれにとっても新しい現実です。・・・何度もこんな気がしました。私は未来のことを書き記している……。 スベトラーナ・アレクシエービッチ著『チェルノブイリの祈り 未来の物語』松本妙子[訳](岩波現代文庫, 2011)